水戸地方裁判所 昭和61年(行ウ)10号 判決
原告
大月昭次
外一〇名
原告ら訴訟代理人弁護士
武子暠文
小川正
我妻真典
永瀬精一
被告
下妻市公平委員会
右代表者委員長
篠崎三郎
右訴訟代理人弁護士
秋山昭八
右訴訟復代理人弁護士
菊地幸夫
主文
一 被告が原告らの申し立てた不利益処分審査請求についていずれも昭和六一年一〇月一六日付でした「本件審査請求を棄却する」との各決定を取り消す。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求める判決
一 原告ら
主文同旨
二 被告
1 原告らの各請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 当事者の主張
一 原告らの請求原因
1 原告らは、下妻市に勤務する一般職の職員であり、昭和六〇年五月当時、原告大月昭次は下妻市職員組合の執行委員長、原告潮田静男及び原告藤本信吉は副委員長、原告斉藤森一は書記長、原告塚田博久は書記次長、原告藤倉政臣、原告桜井正雄、原告角田茂雄、原告塚田茂、原告渡慶次信夫及び原告礒吉雄はそれぞれ執行委員であつたものであるが、下妻市長は昭和六〇年五月一七日、原告らに対し、「地方公務員法第二九条第一項に基づき、懲戒処分として戒告する。」旨の懲戒処分書及び「下妻市職員組合は、昭和六〇年四月一七日午前八時三〇分より約四五分間にわたり大巾賃上げ、地方行革反対、年金改悪反対等を目的とした違法なストライキを実施した。あなたは、当局の注意、警告に反し積極的にこれに参加したことが認められる。よつて地方公務員法第二九条第一項に基づき処分書のとおり処分する。」旨の処分説明書を交付して、原告らを戒告処分に付した(以下「本件懲戒処分」という。)。
2 原告らは、前項の懲戒処分を不服として、昭和六〇年六月二七日、被告に対し、処分を受けるような行為は行つていないとして不服申立を行い、その不服申立書に、審理の種類として「口頭公開審理」と記載して、地方公務員法(以下「地公法」と略称)五〇条一項に定める口頭公開審理を請求した。
3 被告は、原告らの不服申立を昭和六〇年九月三〇日受理し、同年一二月一〇日処分者である下妻市長からの答弁書、昭和六一年二月一〇日不服申立人である原告らからの反論書(これにも口頭公開審理を求める旨の記載がある。)、同年三月一五日同市長からの再答弁書の提出を受けたが、その後口頭公開審理を開催しないまま、昭和六一年一〇月一六日「本件審査請求を棄却する。」旨の決定(以下「本件裁決」という。)を行い、同日原告らに通知した。
4 しかしながら、本件裁決は次のとおり違法である。
(一) 本件裁決は、原告らが口頭公開審理を請求したにもかかわらず、これをせずになされた。
(二) 地公法五一条の規定を受けて定められた「下妻市職員の不利益処分についての不服申立に関する規則」九条五項によれば、公平委員会は口頭審理を終了するに先立つて、当事者に対し、最終陳述をし、かつ、必要な証拠を提出することができる機会を与えなければならないとされているところ、被告は原告らの不服申立の審理において口頭審理を開催しなかつた結果、原告らに対し右機会を与えなかつた。
(三) 右(一)の点は地公法五〇条一項に違反し、(二)の点は右規則九条五項に違反する。
5 よつて、原告らは本件裁決の取消しを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1ないし3項の事実は認める。
2 請求原因4項中、(一)及び(二)の事実は認めるが、(三)及び本件裁決を違法とする主張は争う。
三 被告の主張
1 地公法五〇条一項に定める口頭公開審理は、審理方式についての原則を定めたものに過ぎず、本件のごとき場合は以下の理由により口頭公開審理を開く必要は存しなかつたものであるから、被告が口頭公開審理を開催せずに本件裁決をしたことに何ら違法はない。
(一) 被告は、原告らの不服申立を受理した後、処分者の答弁書、原告らの反論書、処分者の再答弁書を提出させたうえ、懲戒処分書、処分説明書、警告書、就業命令書、解散通告書、現認記録、「四―一七に向けての組合の取組み状況」と題する書面等の証拠を勘案して、原告らはいずれも昭和六〇年四月一七日午前八時三〇分から四五分間ストライキに参加し、かつこれらの争議行為を指導したこと、そしてこれらの事実に対し本件懲戒処分がなされたことを認定した。しかして、原告らの右行為は地公法三七条一項に違反するものであることは明らかであるところ、地方公共団体の職員が同項に違反する行為をしたことが明らかな場合には、同条二項により不服申立権そのものを有せず、被告としては本案について判断をする必要はなく、直ちに却下の決定をすべきものであるから、このような場合には、口頭公開審理を開く必要はないものというべきである。
(二) もし本案について判断をすべきであるとしても、不服申立人が処分理由事実を認めている場合はもちろん、処分理由の存否に争いがあつても処分者提出の証拠等により処分理由事実が認められる場合には、原則として口頭公開審理を開く必要はなく、直ちに棄却の決定をすべきものであり、例外的に処分理由事実に対する処分結果が著しく裁量権の範囲を超えていることが明白な場合に修正裁決をすべきことが要求されているものというべきである。本件の場合は、前記のとおり提出された証拠により処分理由事実が認められており、かつ、処分自体は地公法二九条が定める懲戒処分のうちの最低の戒告処分で、処分者の裁量権濫用の判断の余地もないものであるから、口頭公開審理を開くまでもなく、直ちに棄却の決定をすべきものである。
2 仮に口頭公開審理が必要であるとしても、地公法五〇条一項の定める口頭公開審理という手続的保障は、可能な限り審理機関の公正を担保すべき設定されたものであるから、万一右保障を欠いたとしても、裁判所は、単にそれのみを理由に形式的に審査結果を取り消すべきものではなく、実体審理を遂げ、原処分の適、不適ないし当、不当を審査したうえ、審理結果が適正妥当であると認められる場合は、審査結果の取消請求を棄却すべきものである。
本件の場合は、前記1(二)のとおり、証拠により処分理由事実が認められ、かつ裁量権濫用の判断の余地もなかつたのであるから、口頭公開審理を開催しなかつたことが、審査結果に消長を来たすべきものでないことは明らかであり、口頭公開審理をしなかつたという審査手続上の瑕疵は本件裁決を取り消すべき理由とはなり得ない。
四 原告らの反論
1 地公法五〇条一項は、不服申立人が口頭公開審理を要求している場合には、仮に不服申立人が処分理由事実を認めていたとしても、口頭公開審理を開き、そこに上呈された主張及び証拠に基づいて処分理由事実、さらには懲戒事由に該当すると認められる行為の動機、態様、結果、影響等の事実を認定すべきことを要求しているものと解すべきである。そして、このことは地公法三七条一項違反の事実を処分の理由とする懲戒処分の場合にも等しく妥当するものというべきである。従つて、本件のように処分理由事実の存否が争われている場合に、口頭公開審理を開かず、不服申立人である原告らに主張、立証の機会を与えないで事実を認定したことはそれ自体違法であつて、本件裁決の審理手続が地公法五〇条一項に違反することは明らかである。
2 被告は右手続的瑕疵は審査結果に消長を来たさない旨主張するが、独立した第三者的な行政委員会である被告の行う不利益処分審査手続は、準司法手続と言われる面のあるとおり、公正中立な立場で当事者双方の言い分を十分に聴き結論を出すことが強く要請されているものというべきである。しかも裁判所は処分が違法であるとした場合にしか取り消すことができないが、公平委員会は処分が違法ではないが不当であるとした場合でも処分を取り消すことができるのである。従つて、戒告処分についても裁量権濫用の判断の余地は十分にあるのであつて、公平委員会の審理においては戒告処分取消の可能性は裁判所における審理による場合よりも一層高いのであるから、地公法五〇条一項に違反する手続でなされた本件裁決は直ちに取り消されるべきである。
第三 証拠〈省略〉
理由
一請求原因1ないし3項、4項(一)及び(二)の各事実は当事者間に争いがない。
二そこで、本件裁決が、原告らの請求にもかかわらず、口頭公開審理をなさずになされたことにより、地公法五〇条一項に違反することになるかどうかについて検討する。
1 地公法五〇条一項によれば、不利益処分を受けた職員からの不服申立てを受理した公平委員会は、当該職員から請求があつたときは口頭審理を行わなければならず、口頭審理は、その職員から請求があつたときは、公開して行わなければならない旨規定されているところであるが、これについて被告は、本件においては、当事者が提出した書面による主張及び証拠資料により、原告らが地公法三七条一項により禁止されている争議行為をし、かつ、これを指導した事実が認定され、同条二項の規定により、原告らは本件懲戒処分につき、本来不服申立権を有しないものと認められた場合であるから、被告が口頭公開審理を開かないで本件裁決をしたことに何ら地公法五〇条一項違反の違法はない旨主張する。
しかし、不利益処分に対する不服申立を受けた公平委員会は、当該処分の適法性、相当性を適法の審査手続に則り審査し、これに基づいて裁決すべきものであるから、処分理由の存否自体が審査の対象に含まれることは疑いを容れず、本件においては被告が主張する地公法三七条一項所定の禁止行為の存否そのものが審査手続における判断の対象となつているものであり、その手続について、地公法五〇条一項は不服申立人に審理手続への関与を認め、かつこれに十分な主張、立証の機会を保障する趣旨で設けられたものというべきであるから、不服申立人から口頭公開審理の請求があつたときは、同条項に則り公平委員会はその手続のもとで審査すべきことが義務付けられるものと解するのが相当である。そして、かかる趣旨に鑑みれば、被告公平委員会において既に処分理由に該当する事実が存在するとの心証を得ていたとしても、不服申立人から口頭公開審理の請求があつた以上、地公法五〇条一項に従い口頭公開審理を開き、不服申立人に主張、立証を尽くさせたうえ、処分理由事実の存否について判断すべきである。従つて、この点に関する被告の主張は既に失当であり、本件裁決の手続には地公法五〇条一項に違背する違法がある。
2 ところで、公平委員会は、地公法に基づき任命権者から独立して設けられた地方公共団体の専門的な人事行政機関として、任命権者の立場に偏することなく中立公正な立場で職員に対する不利益処分の当否を審査すべき職責を負つているものであるから、地公法五〇条一項に違反した審査手続が行われる場合には審査の公正が手続的に損われ、ひいては審査結果の適正に影響を及ぼすこととならざるを得ない。従つて、かかる手続的瑕疵は到底軽微なものということはできず、それ自体により本件裁決は取消しを免れないものというべきである。
三よつて、本件裁決の取消しを求める原告らの本訴請求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官近藤壽邦 裁判官池田陽子 裁判長裁判官渡辺惺は転勤につき署名捺印することができない。裁判官近藤壽邦)